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2013年5月14日火曜日

山岡洋一(2001)『翻訳とは何かー職業としての翻訳』日外アソシエーツ


「訳す」という言葉は英語教育では一段特別な意味を持っているように思える。(これは自分にとってのみかもしれないが。)

模擬授業で訳す課題を出して「なぜ訳させたんですか。」と聞かれたことがある。訳させたい箇所があっても発問などの他の方法で意味をとらせるだけにしなければいけないのではないかと考えてしまう。どうも英語教育では訳はあまり好まれない。

その一方で、学習塾では訳が大活躍している。アルバイトをしていると生徒から「訳を教えてください」と尋ねられることも多い。訳させるだけではだめだ、という主張も理解できるが、訳している中で見つかる発見もあるはずだ。例えば、名詞構文を訳すときは、英語で用いられている名詞を日本語では用言の形で訳す。これも日本語と英語の違いを実感する良い機会ではないか。
現実的にも、テストや入試でも下線部訳の問題は依然として出題されている。生徒が訳を欲しがるのも無理はない。



このように訳には多くの問題がはらんでいるようだが、まず「訳」とは何かを再考する必要がある。

そこで登場するのは『翻訳通信』でお馴染みの山岡先生の著書、『翻訳とは何かー職業としての翻訳』である。ここでは「訳す」ことを①英文和訳をすること、②翻訳をすること、に分けている。両者の違いについて、氏は以下のように述べている。

英文和訳の目的はなにか。英文を読む力を教師に示すことである。[...]翻訳の目的はなにか。「原文の意味を伝える翻訳」の目的は、原文を読まない読者に原文の意図や意味を伝えることである。[...]英文和訳と翻訳の違いはこうも表現できる。英文和訳では、原文を読んで、訳す。翻訳では、原文を読んで、理解し解釈し、その内容を日本語で執筆する。英文和訳では英語が中心であり、翻訳では日本語での執筆が中心である。(pp.118-119)

学校のテストや大学入試では、自分の知識を示すための符丁として英文和訳が行われている。確かに、大量の答案を採点しなければならない場面では、このような英文和訳も必要かもしれない。また、長文読解を主眼とした授業では、どのように上手に訳すかという問題は本筋からそれてしまうようにも思える。しかし、もう一つの訳ーすなわち翻訳ーも注目に値するのではないか。

翻訳では、原文の内容を他者に伝えることが重要である。本書でも「翻訳の秘訣、それは完成度の高い日本語で書くようにつとめることである。」(p.108)と言われている。誤解を招くことを承知で書けば、どれだけ原作に忠実でも日本語で読みやすければよい翻訳であり、いくら英文和訳の公式を使って「正しく」訳したとしても、読みにくければ良い翻訳とは言えない。

例えば、イギリスに住んでいる友人から手紙が来たとしよう。自分はそれを読んで意味が分かるが、お母さんや弟はその意味がわからない。その2人に「ねぇねぇ、何て書いてあるの?」と尋ねられたら、あなたはきっと何が書いてあるかを伝えるだろう。これが翻訳の最も身近な例だ。仮にその時、英語の構造に忠実に訳したり、学校で学んだ関係詞の訳出テクニックを用いて言ったとしても、弟には理解できないだろう。むしろイギリスの友人が日本語だったらどのように書くだろうかと考えながら説明した方が、よっぽど分かりやすい説明ができる。




英語教育と翻訳。
大学に入った当初は全く繋がらなかった2つだが、次第に関係があるのではないかと考えるようになってきた。


英語教育の影響は大きい。翻訳者のかなりの部分、そして翻訳学習者の大部分は、「得意な英語を活かせる仕事」として翻訳に興味をもつようになったのだという。なぜ、英語が得意だと考えているかというと、たいていは学校で英語の成績が良かったからだ。なぜ、英語の成績が良かったかというと、よほどすぐれた英語教師に出会ったのでない限り、原語と訳語の一対一対応を素直に受け入れたからであり、英文和訳式の構文に疑問をもたなかったからだ。したがって、翻訳者のかなりの部分、翻訳学習者の大部分にとって、英文和訳調こそが自然なのである。意識して英文和訳調を拒否して「原文の意味を伝える翻訳」を目指さない限り、英文和訳調の方向に流れていく。(p.53)

英文和訳も試験では受験者の力を測る手段となるかもしれない。だが、もし本文の内容を英語が読めない人のために説明するとしたらどのように説明するだろうか、どういったら分かってもらえるだろうか、という発想で日本語を介した英文理解を行うこともあっても良いのではないかと思った。

本書では、翻訳者という職業の現状の厳しさや、翻訳の技術に関する考え方などが分かりやすく説明されている。さすが翻訳者といった分かりやすい言葉づかいで、ぜひ皆さんにも読んで頂きたい。

翻訳とは何か―職業としての翻訳
翻訳とは何か―職業としての翻訳山岡 洋一

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