どうも~。mochiです。
関連性理論勉強会も第4回になりました。ここにそのまとめを掲載します。
今回は、「記号化された意味」と「語用論的な意味」を中心にまとめています。この区別については、すでにNinsora 君が「Codes and inference」や「コードモデルと解釈モデル」といった言葉でまとめてくれています(し、断然そちらの方が分かりやすいです)。よかったら、そちらも読んでみてください。
■ 単語の意味の3形態
「単語には意味がある。」この命題に疑問をお持ちの方はあまりいらっしゃらないかと存じます。
では、単語には「どのような」意味があるのでしょうか。テクストに沿って、3形態に分類したいと思います。
(1) Some words encode concepts
まずは、概念を記号化したものがあります。たとえば「チョコレート」という言葉を聞けば、私たちが持つチョコレート ( {CHOCOLATE} )という概念が想起されるのではないでしょうか。他にも、「犬」なら一般的に持つ犬の概念、「パソコン」ならパソコンの概念が浮かび上がるでしょう。このように多くの単語は、概念を記号化しています。そして、記号化されているものは、いつどこでその単語が発話されても、同じ意味を持ちます。(codes vs inference を参照)
cf) ウィトゲンシュタインの『哲学探究』の第1節で紹介されるアウグスティヌス(および前期ウィトゲンシュタイン)の言語観もこれに近いのかもしれません。要するに、一対一対応でことばと概念が結び付けられているというものです。これを写像理論といって、前期ウィトゲンシュタインの思想の中心の一つといえます。
(2) Some words ‘point to’ concepts
他にも、単語がある概念を「指し示す」に過ぎない場合もあります。これは主に代名詞や指示語が属し、たとえば「彼」という単語は「その男の人」を指し示します。このとき「男の人」という概念を記号化しているのではなく、特定の男の人を指し示していることに注意すべきです。
ちなみに英語で書くとThe male person でしょうが、この the こそまさに指し示す役割があります。英語は便利ですね。
(3) Some words are vague
これまでは記号化したり指示したりすることができる概念でしたが、意味があいまいな単語もあります。たとえば tall という単語。tall と聞けば、「背が高い」という意味だということはみなさんご存知でしょう。では、何cmから「背が高い」と言えるのでしょうか。あるいはdelicious もどのくらいおいしかったらおいしいと言えるのでしょうか。このように、これらの形容詞はスケール的(定規的)なので、はっきりと「背が高い / 背が高くない」という区別を設けることはできません。なので、単語の中にはあいまいな意味を有するものもあります。
■ 言語的に記号化された意味と語用論的解釈
上の区分に従えば、(1)は「言語的に記号化された意味」で、(2)・(3) は「語用論的解釈が必要な意味」になります。
例えば、ジョンは明日パーティーに来る?に対して、 “He is.” と答えるとしましょう。
この発話において、ジョンがパーティーに来るという意味ということは分かりますが、これは言語学的に記号化された意味ではありません。なぜなら “He is.” という発話は別の場面では別の意味を持ってしまうからです。(例: Is he a student? に対する場合でも He cannot be the culprit. に対する場合でも、 He is . という発話は可能だが、それぞれ異なる意味を持つ。)したがって、"He is." は語用論的解釈を必要とします。(He とは誰か、is の後はどのような言葉が省略されているか、など。)
The best way to investigate this is to look at specific example utterances and identify what parts of their meanings we need to work out in context. In other words, to look at what is involved in pragmatic interpretation at the same time as considering what is linguistically encoded.
この記号化された意味と語用論的意味を区別するためにも、多くの言語使用にあたり、「どこまでが記号化された意味か」を考える癖をつけると良いのかもしれません。
cf) ウィトゲンシュタインが後期に関心を持っていたことの1つに、「以下同様」という言葉の解釈がありました。(野矢 2009 『語りえぬものを語る』参照)
この場合も、「以下同様」という言葉にどれほどの意味が記号化されていて、どれくらい文脈や背景知識から推測しなければならないかを考えると、語用論的解釈の必要性が理解しやすいかもしれません。
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ここまでくると、私たちは決して文字通りの意味のみを取っていないことに気づきます。これを言語学に持ち込んだのが underdeteminacy thesis です。
There is always a significant gap between what is linguistically encoded and what speakers actually intend by their utterances. Recognition of this gap has been termed the ‘underdeterminacy thesis’ (e.g. by Carston 2002a: 19-30) to reflect the idea that linguistically encoded meanings always significantly underdetermine intended meanings. The gap between what is encoded and the meanings we eventually arrive at is filled by pragmatics inference.
記号化された意味と聴き手が到達する意味には必ず間隙があり、それを埋めるのが語用論的推測であるということです。
言語の非決定性原理で有名なものに、クワインの「ガヴァガイ問題」があります。
Quine uses the example of the word "gavagai" uttered by a native speaker of the unknown language Arunta upon seeing a rabbit. A speaker of English could do what seems natural and translate this as "Lo, a rabbit." But other translations would be compatible with all the evidence he has: "Lo, food"; "Let's go hunting"; "There will be a storm tonight" (these natives may be superstitious); "Lo, a momentary rabbit-stage"; "Lo, an undetached rabbit-part." Some of these might become less likely – that is, become more unwieldy hypotheses – in the light of subsequent observation. Other translations can be ruled out only by querying the natives: An affirmative answer to "Is this the same gavagai as that earlier one?" rules out some possible translations. But these questions can only be asked once the linguist has mastered much of the natives' grammar and abstract vocabulary; that in turn can only be done on the basis of hypotheses derived from simpler, observation-connected bits of language; and those sentences, on their own, admit of multiple interpretations.
(http://en.wikipedia.org/wiki/Indeterminacy_of_translation)
私たちがある民族のもとに訪れたとしましょう。その民族のことばをまだ理解していません。そこにウサギが飛び出してきました。すると、現地の人たちは「ガヴァガイ!」と叫びます。これを聞いて、私たちはどのように意味を理解するでしょうか。多くの方は「ガヴァガイ=ウサギ」と理解するかもしれません。しかし、他にも「エサだ!」「逃げろ!」「やった!」などと多様な解釈が可能のはずです。
クワインはこの例を通して、ある単語の意味というのが決定されている(一対一になっている)のではなく、非決定的(如何様にも解釈されうる)ことを示そうとしました。私たちが日常行うコミュニケーションとは異なる場面でのガヴァガイ問題でしたが、友達や恋人が言った台詞があいまいすぎて、意味が同定できないという経験は日常にもあふれているでしょう。
そう思うと、もし単語の全てが記号化されていれば(すなわちコードモデル的な言語観であれば)、どれほど便利なのでしょうか。ミスコミュニケーションもおきませんし、情報伝達にはもってこいです。他者とも分かり合うことができるでしょう。しかし、語用論的解釈のおかげで、私たちは文学作品を楽しむことも、わざと曖昧な発言をして人間関係を維持することもできます。また、他者と分かり合えないおかげで、自己と区別を設けることができ、「私らしさ」が生まれます。人間が社会を形成して共生するためには、「分かり合えない」「誤解をする」といった機能が言語には組み込まれているのかもしれませんね。そう思うと、人間の言葉って良いですね。[だんだん感傷的になってきたので、急いで次の章へ。]
■ コミュニケーションの不思議あれこれ
最後に、コミュニケーションの不思議あれこれと題して、以下の2つの問いに対する答えを探しましょう。
(1) 私の発話はすべて私の考えか。
私が話していることなのだから、全て私の考えていることに決まっているではないか、と反論が出るかもしれません。しかし、言語には引用の機能もあるため、以下のBの発話が曖昧性を持ちます。
A: 「タケシ、その時何て言ってた? (What did Takeshi say?)」
B: 「お前、鼻に泥がついてるよ (You’ve got a dirt on your nose.)」
では、このBの発話は誰の考えなのでしょうか。2通りの解釈が可能です。
解釈(i) タケシがそう言った Takeshi said to B that B had got a dirt on my nose.
解釈(ii) Bがそう言った B said to A that A has got a dirt on A’s nose.
解釈 (ii) は確かにB自身の考えですが、(i) はTakeshiの考えを引用してBが述べています。難しいのは、これらを区別する方法が言語自体を解析するだけでは存在しないということで、これにも語用論的解釈が必要となります。
(2) 皮肉はなぜ皮肉と認識されるか。
ハリーポッターという作品には皮肉が随所にこめられているように(一読者として)感じます。特に皮肉屋さんなのはスリザリンのドラコ・マルフォイで、たとえばハグリッドが生物学の授業用教科書として指定した「怪物的な怪物の本」を見て、マルフォイは「たしかに素晴らしい教科書だよ。人を噛み付くなんてさ」といいます。(正確な引用ではありません。ご勘弁ください。)
多くの読者はこれを読んで、「出た!マルフォイの皮肉w」気づきます。しかし、どのようにして皮肉を皮肉だと認識しているのでしょうか。
関連性理論のテクストでは、ある発話が実際の発話者以外の人の発話と認識されたときに成立するとされます。
先ほどのマルフォイの例でしたら、「すばらしい教科書」の発言は明らかにマルフォイの内から発せられたものとは考えられません。おそらくハグリッドであったり、あるいはハグリッドを慕うハリー・ロン・ハーマイオニーの誰かであったり、特定はしていなくても人を噛み付く本を素晴らしいと思う人物(マルフォイはその人のことを見下すでしょうが)を想定していたり、とにかくマルフォイは先ほどの台詞を他の人のものとして発しています。だから読み手も、「これはマルフォイが他の人の立場で言っているから、皮肉なのだろう」と解釈することになります。
以上、関連性理論まとめノート第4弾でしたっ!
次回は、mochi ・ Ninsora のお互いの研究分野(翻訳論・沈黙)に関して、関連性理論を用いた論文を読んできてレビューするという予定です。これまでは関連性理論の基礎部分を扱ってきましたが、少しずつ自分たちの専門分野と関連付けて理解できればと思います。
それにしても、夏休みがあっという間にすぎていきますね。翻訳学会、探究読書会合宿、ミニ特研発表、バイトの研修など盛り沢山で正直焦りを感じていますが、社会に出ている友人たちは既に二学期が始まっているわけであまり泣き言を言ってられないですね (--;)
ご機嫌よう~。
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